こんにちわ、もねです。

毎日、一生懸命に役割を果たそうと頑張っているあなたへ。
ふとした瞬間に「あぁ、もう限界かもしれない」と感じることはありませんか?

今日は、私の娘が経験した出来事を通して、「自分をすり減らしてまで居るべき場所なのか」を立ち止まって考えるヒントをお届けしたいと思います。

突然の出来事と、見知らぬ誰かの優しさ

先日、大学生の娘がバイトへ向かう電車内で倒れました。
突然意識が遠のき、気づいた時には駅の救護室だったそうです。

朦朧とする意識の中で彼女に残っていたのは、「駅員さんを呼んで!」という周囲の声や、体を支えて運んでくれた誰かの手の温もりでした。
名前も知らない方々が、非常ボタンを押して、娘の安全を守ってくださったのです。

「倒れた瞬間」に頭をよぎった言葉

意識が戻った娘がポツリと言いました。
「倒れた時、真っ先に『バイトどうしよう』って思った」と。

その言葉を聞いて、胸が締め付けられる思いでした。
意識を失うほどの苦しさの中でさえ、「周りに迷惑をかけてはいけない」と自分を後回しにしてしまう。
それほどまでに、娘は日々責任感を持って頑張っていたのだと感じます。

心を整えるための3つの気づき
1. 反応の「温度差」に耳を澄ませる

助けてくれた見知らぬ人たちの必死な優しさと、バイト先からの事務的な返信。
娘はその対比に違和感を覚えたようです。
「ここは、無理して行かなくてもいい場所だったのかもしれない」と。

2. 「離れる」という選択肢を持つ

精神科の現場でも感じることですが、真面目な方ほど「辞める=逃げ・迷惑」と捉えてしまいがちです。
けれど、自分の心身を壊してまで守らなければならない場所は、本来どこにもありません。

3. 優しさを循環させる生き方

今回、娘を救ってくれたのは「損得勘定のない優しさ」でした。

傷ついた場所から離れることは、新しい優しさに触れ、自分も誰かに優しくなれる余裕を取り戻すための大切なステップです。

娘はその後、そのバイトを辞める決心。
私はそれでいいと思っています。

人生は何度でもやり直せます。
一つ扉を閉めることは、次の温かな居場所を見つけるための始まりに過ぎません。

あなたは、今の場所で息ができていますか?
もし苦しいのなら、少しだけ自分を甘やかしてあげてくださいね。

もね🌺