こんにちは、もねです。

日々、精神科訪問看護師として街を歩いていると、ドア一枚隔てた先に「想像もつかない世界」が広がっていることに気づかされます。
今日は、私が西成での訪問診療同行で出会った、忘れられないあるお部屋のお話をさせてください。

ドアを開けるまで分からない、暮らしの景色

そのお部屋の主は、40代の男性でした。
統合失調症を抱えながら、生活保護を受けて一人で暮らしていました。

一歩足を踏み入れると、そこはいわゆる「ゴミ屋敷」と呼ばれる状態。
タバコのヤニで茶色く染まった壁、積み重なった物。
そして、床や壁には小さな虫たちが動いているのが見えました。

最初にその光景を目にしたとき、一瞬足がすくみそうになったのを覚えています。
けれど、ここは紛れもなく、その方の「生活の場」なんです。

「生存確認」という、静かな医療の形

訪問しても、すんなりドアを開けていただけない日もあります。
そんな時は、郵便ポストの隙間から声をかけます。

「○○さん、大丈夫ですか?」と。

中から罵声が飛んでくることもありました。
でも、不思議なことにその声を聞くと、私たちは「ああ、生きていてくれた」と、心の底からホッとするのです。
顔が見えなくても、声が聞こえるだけで、その方の命がそこにあることが分かります。

人生を整えるための、3つの視点

こうした過酷な環境での看護を通して、私が感じている「人生の整え方」を少し整理してみます。

1. 「あるがまま」をまず受け入れること
きれいな部屋、整った生活だけが正解ではありません。
まずは今の状況を否定せず、その場にお邪魔させてもらう姿勢が、信頼の第一歩になります。

2. つながりを絶やさないこと
たとえドア越しであっても、誰かが声をかけ続ける。
その「細い糸」が、孤独の淵にいる方の命を繋ぎ止めることがあります。

3. 医療の役割を再定義すること
病院の中だけが医療ではありません。
誰にも知られないような小さな部屋にこそ、私たちの届けるべきケアが存在していると感じています。

何度でも、そこから始めていける

どんなに散らかった部屋でも、どんなに厳しい状況でも、そこにはひとつの「命」が懸命に息づいています。

人生は、どんな場所からでも、何度でもやり直したり、整えたりしていける。

そのお手伝いができるよう、私は明日もまた、一軒一軒のドアを優しくノックしたいと思います。

心が少しでも、穏やかな方向へ向かいますように。

もね🌺