こんにちは、もねです。
人間関係の中で、「それは気にしすぎじゃない?」と言われて、心にちいさな傷を負ってしまったことはありませんか。
頭では理解できているのに、どうしても心がモヤモヤしてしまう。
そんなとき、自分の感情が間違っているように思えて、苦しくなってしまう方も少なくありません。
この記事では、正論だけでは片付けられない感情のメカニズムと、傷ついた心をそっと守るためのヒントをお届けします。
読み終えたとき、あなたの心が少しでも軽くなれば嬉しいです。
以前、ある女性がこんなお話を聴かせてくれました。
パートナーが仕事の付き合いで、他の女性2人を含む計3人で食事に行くことになったそうです。
悪気がないのも、仕事だから仕方のないことも、彼女は「頭」では十分に分かっていました。
けれど、なんとなく胸のあたりがざわついて、モヤモヤした気持ちになってしまう。
そこで勇気を出して伝えてみたところ、相手からは「そんなに気にすること?信頼してくれているなら大丈夫でしょ」と、理屈で説明されたといいます。
彼女は話の途中で、はっと気づいたそうです。
「私は、理由を説明してほしかったわけじゃない。ただ、『そう感じたんやね』って、この寂しさや不安を受け止めてほしかったんだ」と。
私たちは、相手から正しい理由や正論を言われると、「自分の感情のほうが間違っているのかな」と、つい気持ちを飲み込んでしまいがちです。
でも、「分かる」ということと、「嫌じゃない」ということは、まったく別のフォルダに入っているものなのです。
このようなすれ違いは、日々の暮らしのあちこちで起こっています。
精神科の訪問看護という現場にいても、人と人との間で同じような心の摩擦をたくさん目にしてきました。
こうしたすれ違いの背景には、物事の捉え方のちょっとした違いがあるのかもしれません。
一概には言えませんが、多くの場合、人は無意識に「問題を解決しよう」「理屈で整理しよう」とする傾向があります。
だからこそ、「仕事だから問題ない」「きちんと説明したから大丈夫」という結論を急いでしまいます。
一方で、「今の気持ちを共有したい」「ただ感情を受け止めてほしい」と願うことも自然なことです。
説明やアドバイスよりも、「嫌な気持ちにさせちゃったね」という一言があるだけで、波立った心がすうっと落ち着くこともあるのですよね。
どちらが良い・悪いという問題ではなく、大切にしている部分が少しだけ違っているだけなのかもしれません。
理屈は正しくても、心は数式のように割り切れないのが人間です。
湧き上がった感情そのものに、正しいも間違いも存在しないのです。
「私が気にしすぎなのかな」「こんなちいさなことでモヤモヤする自分が悪いのかな」と、自分を責める必要はまったくありません。
嫌なものは、嫌。悲しいものは、悲しい。不安なものは、不安。
そう感じたあなたの大切な気持ちを、どうか無かったことにしないでくださいね。
自分の心の声をそのまま認めてあげること。
それも、あなた自身を大切にするための、とても大きな第一歩なのだと感じています。
どんな感情を持っても、大丈夫。
あなたはあなたのままで、そのままでいいんですよ。
もね🌺
